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東京地方裁判所 昭和42年(ヨ)2589号 判決

債権者

冨士通株式会社

代理人

酒巻弥三郎

ほか二名

右輔佐人弁理士

松岡宏四郎

債務者

日本バルスモーター株式会社

代理人

安原正之

ほか二名

右輔佐人弁理士

志賀武一

ほか一名

主文

本件仮処分申請を却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

事実《省略》

理由

一〈前略〉本件実用新案の登録請求の範囲によると、本件考案は、ステッピングモータの構造にかかり次の二要件からなるものと解される。

(イ)  複数個の互に並設され、かつ互に結合されたロータR1〜R3の周囲に、該ロータに対応し、かつ同輔的に配置したステータ巻線L1〜L3を有するステータS1〜S3を備えてなるステッピングモータにおいて、

(ロ)  隣接するロータR1〜R3間に、薄板状の非磁性体UM1UM2が介在され、かつ該非磁性体を介して隣接するロータが互に一体に結合されていること

二次に〈証拠〉(本件実用新案公報)の「実用新案の説明」の項の記載によると、前記(イ)の構造のステッピングモータは、従来公用のものであることが明らかである。そして、同項の「従来のかかるステッピングモータにおいて、3個のロータR1〜R3および3個のステータS1〜S1はそれぞれ磁気的に互に結合されている。このため3個のステータ巻線を順次励磁した際に隣接するロータまたはステータ間に極めて大きな漏洩磁束を生じ、従つてモータの回転力が著しく削滅されまた応答特性が低下する原因となつている。」「かかる欠点は隣接せるロータR1〜R3間に非磁性体を挿入し、ロータR1〜R3を各相毎に磁気的に分離することによつて無くすることが可能である。本案は、このことに着目し、3個のロータR1〜R3の相互間に非磁性体を挿入しかつ該非磁性板を介して3個のロータを相互に一体に結合することにより、ステッピングモータの回転力を著しく増大し、その応答特性を高め得るものである。」との記載によれば、本件考案は、前記のような従来のステッピングモータのロータ部分について、前記(ロ)の要件の構造をとることとした点に、その技術的思想の創作が存するものとされていると認めることができる。そして、このような構造をとることから生ずる作用効果として、同項には、ステッピングモータの回転力の増大、応答特性の改善、製作作業の容易、ロータが小型化し得る点が挙げられていることが認められる。

三債務者は、本件考案の要旨が以上のように解される以上、本件考案は、その出願前の昭和三五年一月一九日特許庁資料館に受け入れられた債権者発行の刊行物である「FUJI」一九五九年VOL.10No.6通巻四〇号中の記事により、出願前公知となつており、したがつて、本件実用新案の登録は、債務者が提起している登録無効の審判において無効とされるものであり、このような権利の濫用であるか、または、その保全の必要性を欠くものである旨主張するので、まずこの点について判断する。

前記刊行物が債務者主張の日に特許庁資料館に受け入れられたこと、および、本件実用新案権につき債務者主張の無効審判が請求されていることは、当事者間に争いがない。

次に、〈証拠〉によると、前記刊行物の三五ページから三九ページに債権者会社機械技術部機構課のI、I、Sの発表にかかる「ステッピングモータ(Ⅱ)」という記事があり、その中の「1まえがき」には「以下、その後、特に応答性の向上をはかつて開発した、AT―一〇四A/Bについて、その構造、制御方式等につき述べるとあり、「2構造」の項には、ステッピングモータ概略図が掲記され、「第1図にAT―一〇四Aの構造を示す。①は内歯のあるステータで、間にコイル②をはさんで一対をなし、これ等の3組を、それぞれ1/3ピッチずつずらして固定してある。③はロータで、ステータと同数の歯が、それと対抗する位置に切つてあり、中央2ケ所に燐青鋼板を入れ、磁気回路を分離せしめている。」「以上のような構造にすることにより得られる利点は、下記のごとくである。」「(3)同様にしてロータの径を小となし得るので、T/Jの増大が可能となつた。(4)AT―一〇一またはAT―一〇三において見られた、各相間の電磁誘導は、全く見られない。」と記載され、また「5使用例」の項には、「……これらはAT―一〇四A/Bにおける磁気回路が、各相独立していること……」と記載されていることが認められる。

これらの記載からすれば、前記刊行物には、本件考案(イ)の要件に該当するステッピングモータのうち本件公報の説明および図面に示されている三双のステータおよびロータを備えるものについて、同(ロ)の要件に該当するところの燐接するロータ間に薄板状の燐青銅板の非磁性体を介在させ、かつ、この非磁性体を介して燐接するロータが互に一体に結合されている構造が明示されており、またこのような構造をとることによつて、磁気回路が分離され、回転力の増大、応答特性の改善およびロータの小型化という本件考案の主要な作用効果が示されていると認められる。そして、これによれば、前記刊行物から当業者が容易に本件考案を実施できるものと認めてさしつかえないものと思われる。

以上の認定からすれば、本件実用新案権は、旧実用新案法(大正一〇年法律第九七号)第三条第二号、第一条、第一六条第一項第一号により、現に係属中の無効審判手続において、その登録が無効とされる蓋然性が大きいものといわざるを得ない。

四ところで、実用新案法第四一条によつて準用される特許法第一六八条第二項は、「訴訟において必要があるときは、裁判所は、審決が確定するまでその訴訟手続を中止することができる」と規定しているが、これらの規定の趣旨は、たとえば、一方において特許権または実用新案権に基づく差止請求または損害賠償請求等の訴訟が係属し、他方においてこの特許権等につき無効審判が請求されている場合において、裁判所が必要と認めたとき、たとえば特許または実用新案登録が将来審決によつて無効とされる蓋然性が大きいと認めたときには、たとえ特許権等が現に有効に存在し、これに基づく差止請求権または損害賠償請求権が存在する場合であつても、裁判所は特許または実用新案登録の有効無効に関する審決の確定を待つて、その上で訴訟の進行をはかり、事案について判断すべきであり、そうすることが法律関係の錯綜を防止し、また訴訟経済にも合致し、ひいては訴訟当事者の利益に帰するゆえんである、とするところにあると解される。この規定の趣旨が、本件において債権者の求めているいわゆる満足的仮処分としての仮の地位を定める仮処分手続においても適用されることはもちろんである。いわゆる満足的仮処分は、現在の著しい損害を避け、もしくは急迫な強暴を防ぎ、またはその他の理由によりとくに緊急の必要がある場合に限つて、本来本案訴訟の勝訴判決によつて実現されるべき権利または法律関係を、仮に現在債権者のために形成することを認める応急的処分であり、このような応急的処分を必要とするかどうかは、債権者債務者の利害、本案訴訟の帰すうその他諸般の事情を考慮の上裁判所の裁量により決せられるべきものである。したがつて、債権者が、たとえ現在有効な特許権等を有していても、この特許または実用新案登録が審決により無効とされる蓋然性が大きい場合には、審決の確定を待つべきであるとする前記中止の規定の趣旨は、さきに述べた仮処分の緊急性の要請と相容れないものであつて、このような事情の下においては、満足的仮処分による応急的保護を与える必要性がないものと解するのが相当である。

本件において、債権者の有する本件実用新案権の登録が、現に係属中の無効審判手続において、無効とされる蓋然性が大きいことは前記認定のとおりであるから、本件仮処分申請は、以上に並べた理由によりその保全の必要性を欠くものと認められる。

五よつて、債権者の本件仮処分申請はその余の点につき判断するまでもなく、この点において失当であるから却下する〈後略〉(古関敏正 古川純一 牧野利秋)

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